損害填補金請求事件
最高裁判所第一小法廷平成20年(受)第1192号
平成21年12月17日判決
自賠法73条1項は,被害者が健康保険法,労災保険法その他政令で定める法令に基づいて自賠法72条1項による損害のてん補に相当する給付(以下「他法令給付」という。)を受けるべき場合には,政府は,その給付に相当する金額の限度において,同項による損害のてん補をしない旨を規定している。上記文言から明らかなとおり,これは,政府が自動車損害賠償保障事業(以下「保障事業」という。)として自賠法72条1項に基づき行う損害のてん補が,自動車損害賠償責任保険及び自動車損害賠償責任共済の制度によっても救済することができない交通事故の被害者に対し,社会保障政策上の見地から救済を与えることを目的として行うものであるため,被害者が他法令給付を受けられる場合にはその限度において保障事業による損害のてん補を行わないこととし,保障事業による損害のてん補を,他法令給付による損害のてん補に対して補完的,補充的なものと位置付けたものである。そして,自賠法73条1項の定める他法令給付には,保障事業の創設当時から,将来にわたる支給が予定される年金給付が含まれていたにもかかわらず,自賠法その他関係法令には,年金の将来の給付分を控除することなく保障事業による損害のてん補が先に行われた場合における他法令給付の免責等,年金の将来の給付分が二重に支給されることを防止するための調整規定が設けられていない。
保障事業による損害のてん補の目的とその位置付けに加え,他法令給付に当たる年金の将来の給付分に係る上記の調整規定が設けられていないことを考慮すれば,自賠法73条1項は,被害者が他法令給付に当たる年金の受給権を有する場合には,政府は,当該受給権に基づき被害者が支給を受けることになる将来の給付分も含めて,その給付に相当する金額の限度で保障事業による損害のてん補をしない旨を定めたものと解するのが相当である。
したがって,被害者が他法令給付に当たる年金の受給権を有する場合において,政府が自賠法72条1項によりてん補すべき損害額は,支給を受けることが確定した年金の額を控除するのではなく,当該受給権に基づき被害者が支給を受けることになる将来の給付分も含めた年金の額を控除して,これを算定すべきである。
このように解しても,他法令給付に当たる年金の支給は,受給権者に支給すべき事由がある限りほぼ確実に行われるものであって(労災保険法9条等),その支給が行われなくなるのは,上記事由が消滅し,補償の必要がなくなる場合や,本件のように傷病が再発し,傷病の治療期間中,障害年金額と同額の傷病年金が支給されることになる場合などに限られるのであるから,被害者に不当な不利益を与えるものとはいえない。
なお,被害者が加害者に対して有する損害賠償請求権の額を確定するに当たっては,被害者が不法行為と同一の原因によって債権を取得した場合,当該債権が現実に履行されたとき又はこれと同視し得る程度にその存続及び履行が確実であるときに限り,被害者の被った損害が現実に補てんされたものとしてこれとの損益相殺が認められるが(最高裁昭和63年(オ)第1749号平成5年3月24日大法廷判決・民集47巻4号207頁参照),自賠法73条1項は,被害者が加害者に対して有する損害賠償請求権を前提として,保障事業による損害のてん補と他法令給付による損害のてん補との調整を定めるものであるから,損益相殺の問題ではなく,上記と同列に論ずることはできない。
政府保障事業に関しての詳細は政府保障事業をご参照ください。